自分の書いた文章が、気持ち悪くて仕方ない。
気持ち悪さを払拭しようと、何度も文章を確認し、修正してしまう。
・どこに読点を打つか
・どこで改行するか
・ある言葉を漢字にするか、ひらがなにするか、カタカナにするか
・もっと適切な言い回しはないか
・英数字は半角になっているか
・文章が滞りなく流れているか
・文章としておかしくないか
etc.
このようなことを、何度も確認してしまうのである。
バカバカしい。
これは明らかに強迫行為なので、自分なりに行動療法を施している。
例えば、ブログの記事を10回確認しているとすれば、それを5回で我慢する。
最初は気持ち悪いが、長時間我慢していると、徐々に慣れてくる。
その要領で、5回を3回に、3回を1回にしようというわけである。
焦ることはないので、ゆっくり時間をかけて治そう。
もう4日間、お風呂に入っていない。
今日こそはお風呂に入り、そして掃除をしよう。
そうしなければ、何も始まらない。
言葉では上手く説明できないが、自分とそれを取り巻く世界が“汚れている”“気持ち悪い”と感じる。
そのような状態は、「本番ではない。練習なのだ」と思ってしまう。
少なくとも8ヵ月もの間、本番ではなく練習の状態がずっと続いている。
練習だと思ってしまうから、緊張感が持てず、本気を出すことができない。
時間をぞんざいに扱ってしまう。
おかしな話だ。
人生に練習などないのに。
白か黒か、本番か練習かという思考パターンは良くない。
それはわかっている。
しかし、もうこれ以上時間をぞんざいに扱いたくない。
「お風呂」と「掃除」という儀式を経て、充実した時間を得られるのなら、多少の強迫行為は許そう。
!この記事には性的な表現や記述が含まれます。
悩んでいることが1つある。
それは、ある程度まとまった長文を書くことが、私には非常に困難であるということだ。
これは、ブログを運営する者にとっては致命的なことかもしれない。
前々から悩んではいたが、最近特にそのことで悩むことが多い。
ブログを更新しようとメモ帳を開いてはみるものの、一文字も書くことができない。
断片的な言葉は思い浮かぶが、それらをつなげたり膨らませたりする術を知らない。
ディスプレイとにらめっこをし、悶々とした時間がただ過ぎていくだけということが、最近多いのだ。
なぜ書けないのだろう。
① 作文が苦手(文才がない)
② 部屋にひきこもり、何もしていないため、取り立てて書くことがない
③ 読書をぜず、また何かについてじっくり考えるということをしないため、脳の言葉に関係する部分が活発に働いていない
④ “きちんとした文章をかかねば”と思う余り、のびのびと自由に書くことができない
などの理由が挙げられる。
①はどうにもならないが、その他は努力で多少改善できるかもしれない。
妻には、「かっこよく綺麗な文章なんて書かなくていい」と言われたが、これは④に当たるだろう。
ブログは、誰に見せるでもない日記とは異なり、誰かに見られることを前提としたメディアである。
少なくとも私は、面白く、内容があり、読み応えのある文章を書きたいと思う。
1人でもこのブログに訪れてくださる方がいる限り、そうした魅力的な文章が書けるように努力しよう。
真っ白なメモ帳と対峙して、もうどれくらい経っただろう。
何時間もディスプレイとにらめっこをしている。
ブログを更新しようと思い立ったのはいいが、断片的な言葉が浮かんでくるだけで、それらをつなげたり膨らませたりして、文章にすることができない。
タバコを吹かし、コーヒーを飲み、他の方のブログを眺め、アスカを抱きしめ(癒される)、「何も書けない」と妻に嘆き……。
いわば七転八倒。
どうしても文章が書けないのである。
ふと机の上に目をやると、惨憺たる光景が広がっている。
握り潰されたタバコの空き箱、吸殻でいっぱいの灰皿、コーヒーの空き缶、埃の積もったキーボード、チップスターの空き箱、薬の山、去年のカレンダー……。
「何も書けないということを書けば?」と妻が助言してくれた。
今回の記事は、それに従うことにしよう。
きっと日が悪いのだ。
明日はもっとのびのびとした文章が書けるだろう。
気付けば、できなかったことを数え、自分を責めている。
それが癖になってしまっている。
[できなかったこと]
・洗濯をしなかった
・掃除をしなかった
・洗い物をしなかった
・診察をキャンセルした
・アスカの散歩をしなかった
etc.
なぜできなかったのか、どうすればできるようになるのか反省する必要はあるが、できなかったことは仕方がない。
大切なのは、できたことに目を向け、自分で自分をしっかり評価できるようになることだ。
[できたこと]
・シャワーを3回浴びた(気分転換をし、態勢を整えようとした)
・アニメを見た
・ブログの更新をした
・外出し、喫茶店へ行った
・行動療法(筆記)を行った
・死ぬことを考えなかった
健康な人にとってはたわい無いことばかりだが、強迫観念や倦怠感に何度も抵抗し、これだけのことができた自分をちゃんと褒めよう。
相変わらず、調子の悪い日が続いています。
昨日と今日は、1日17時間以上も、ふとんの上でゴロゴロしていました。
もうこれ以上時間を無駄にしたくないと思っているのに、どうしてこのような状態に陥ってしまうのでしょう。
不甲斐ない自分と病気に対する怒りが込み上げてきます。
今年中に必ず治そう![]()
改めて、そう決意しました![]()
確認:080518
A2.強迫性障害(OCD)の治療には、薬物療法と行動療法(曝露反応妨害法)があります。
行動療法とは、
① 不安や恐怖にあえて直面(曝露)し、
② それを解消するための強迫行為を行わず、我慢する(反応妨害)
この曝露と反応妨害を続けることによって、強迫観念と強迫行為が起こる頻度を減らしていくことを意図とした治療法です。
平たく説明すると、気持ち悪いと思っていることにあえて飛び込み、その状況に浸り続けることによって、気持ち悪いと感じなくなるまで“慣らす”ということです。
確認:080518
昨日の記事にも書きましたが、私は筆記が困難で、それを回避してしまう状態に陥りがちです。
私は、一生筆記を人に任せて生活していくつもりはありません。
いつかは、多くの人と同じように、スラスラと字が書けるようになりたいと思っています。
そのためには、どうすればいいのか……
兎にも角にも、筆記を回避せず、気持ち悪くても字を書くことです。
筆記を習慣化させることができれば、この症状は治ったも同然――そう奮起し、3月31日から字を書き始めました。
画像が小さくて見づらいですが(画像をクリックすると拡大されます)、「かしわ餅」という言葉を連続して書いています。
「かしわ餅」という言葉に、何か意味があるわけではありません。
左端の絵は、ただの落書きです。
このノートを主治医に見せると、「横がきちんと揃いすぎているので、ずらして書いてみてください」と指示されました。
今は指示通り、横列を揃えることにこだわらず、ずらして書くことに挑戦しているところです。
確認:080518
私は字を書くことができません。
正確にいうと、書くことはできるのですが、自分の書いた字が酷く醜悪なものに思え、その気持ち悪さに堪えられないのです。
どんなに丁寧に書いても、やはり醜悪なものに思え、何度も消しては書き直すという強迫行為を繰り返してしまいます。
そういった強迫観念と強迫行為に疲れ果て、筆記を回避してしまうという状態が続いているのです。
不思議なことに、他人の書いた字は「他人の書いたものだから」と割り切ることができ、気持ち悪さを感じることはありません。
ですから、何か書類などに記入する必要がある場合は、同居人に代筆してもらっています。
この症状は、最も始めに発現した強迫症状であり、最も強固で、最も厄介なものです。
治すのは容易ではありませんが、現在主治医の指示に従って、行動療法を実践しているところです。
その行動療法が具体的にどのようなものであるかは、また別の記事で説明したいと思います。
一旦、過去の記事をすべて下書き状態にすることにしました。
自分の書いた文章に対する強迫観念(違和感、嫌悪感)に堪えかねてのことです。
すべて削除してしまいたいという衝動にかられましたが、がんばって書いた記事なので残すことにしました。
また、その気持ち悪さに堪えることは、行動療法にもなります。
修正・確認をした後、順次アップし直していこうと考えています。
正直な話、文章に対する確認強迫が酷い私にとって、ブログを運営していくのは苦行に等しいのですが、強迫性障害(OCD)という病気をひとりでも多くの方に知っていただきたいという意思を込めて、のらりくらりとではあっても続けていきたいと思います。
確認:080510
A1-2.強迫性障害(OCD)とは、
わかっていてもやめられない病気
です。
① 「考えすぎだ」「心配しすぎだ」「意味がない」「不合理である」「ばかばかしいことだ」とわかっているのに、ある考えやイメージが頭から離れない
② その考えやイメージを和らげ、打ち消すために、ある行動を繰り返さないと気が済まない
という病気です。
確認:080513
上の写真は、「ウーノ ドレッシートリック」(資生堂)という商品ですが、ビビッドなパープルとグリーンが、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン初号機を連想させるので、私は「初号機ワックス」と呼んでいます。
それはさて置き、強迫性障害(OCD)を患っている私が、日頃どのようなことを気にして生活しているのか、一つ一つ記していこうと思います。
下の写真をご覧ください。
蓋を開けるとこのような状態だったのですが、パープルのケースの内側に付着したワックスと、グリーンのケースの外側にはみ出したそれが、私は気になって仕方がないのです。
気が済むように拭き取るとこうなります。
強迫性障害(OCD)の症状には、「強迫観念」と「強迫行為」があります。
この記事の場合、
・“気になって仕方がない”“きれいに拭き取りたい”という不安や不快感が「強迫観念」で、
・それを和らげ、打ち消す行為(気が済むように拭き取ること)が「強迫行為」
ということになります。
いらっしゃいませ。
私は、16年前に強迫性障害(OCD)を発病し、3年前にうつ病を併発しました。
どちらもまだ治ってはおらず、うつ病が強迫性障害(OCD)の治療を阻害している状態です。
強迫性障害(OCD)の症状は、過剰な洗浄行為や確認行為、順序や左右対称に対するこだわりなどです。
思い付いたことから記事にしていくので、まとまりのないブログになってしまうと思いますが、少しでも読みやすくなるようにがんばります。
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不束者ですが、今後ともよろしくお願いします。
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