お知らせ
ブログを引っ越しました。
http://ocd.cocolog-nifty.com/blog/
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「うつ病のせいじゃないんでしょ?」
「甘えてるだけなんでしょ?」
一向に洗い物をしない私を見兼ねて、妻がそう言った。
「ああ……やっぱり、うつ病のことを何も理解してないんだな……」
と絶望的な気分になった。
私の一番身近にいる妻でさえ、この有様である。
「甘えは(人並みに)あるよ」
とだけ答えておいた。
妻には'08年6月5日の記事を、何度か読み返してもらいたい。
ところで、今さらながらmixiにハマっている。
自分の書いた文章が、気持ち悪くて仕方ない。
気持ち悪さを払拭しようと、何度も文章を確認し、修正してしまう。
・どこに読点を打つか
・どこで改行するか
・ある言葉を漢字にするか、ひらがなにするか、カタカナにするか
・もっと適切な言い回しはないか
・英数字は半角になっているか
・文章が滞りなく流れているか
・文章としておかしくないか
etc.
このようなことを、何度も確認してしまうのである。
バカバカしい。
これは明らかに強迫行為なので、自分なりに行動療法を施している。
例えば、ブログの記事を10回確認しているとすれば、それを5回で我慢する。
最初は気持ち悪いが、長時間我慢していると、徐々に慣れてくる。
その要領で、5回を3回に、3回を1回にしようというわけである。
焦ることはないので、ゆっくり時間をかけて治そう。
ここ3日間、とても調子がいい。
連日、お風呂に入り、掃除をしている。
まともに掃除したのは、半年ぶりくらいではないだろうか。
無理をしないように、1箇所ずつ掃除をしている。
一昨日はダイニングキッチンを、昨日はアスカの部屋を、今日はベランダを掃除した。
明らかに活動量が増え、その分、睡眠時間が減っている。
良いことだ。
ノリトレン(三環系抗うつ薬)が効き始めたのだろうか。
この調子で、明日も無理をせずがんばろう。
1つ気がかりなのは、また躁(そう)状態になってしまうのではないかということだ。
約1年ほど前、軽い躁(そう)状態に陥り、主治医に「その状態が進行すると、入院していただくことになります」と警告されたことがある。
しかし、なぜ躁(そう)状態は危険なのだろう。
精力的に活動できるのなら、それに越したことはないと思うのだが……。
昨日は「お風呂に入る」「掃除をする」という2つの目標を、見事達成することができた。
本当によくがんばったと思う。
ノリトレン(三環系抗うつ薬)を飲み始めて3週間経つが、その効果が表れてきたのかもしれない。
この調子で今日もがんばろう。
注意すべきなのは、調子に乗って目標を高く設定しないことだ。
ついつい、「今日は昨日よりもがんばろう」と意気込んでしまう。
がんばり過ぎた挙句、疲れ果ててしまい、また長い停滞に陥ってしまっては元も子もない。
無理は禁物である。
当分は「お風呂に入る」「掃除をする」、この2つを目標としたい。
まだお風呂に入るのもままならないのが現状である。
目標を高く設定するのは、その2つの目標を難なく達成できるようになってからでよい。
焦ってはいけない。
薬を欠かさず飲む、倦怠と闘う、しかし無理をしない、焦らずマイペースで歩き続ける。
そうしていれば、“ちゃんとした生活”は必ず実現する。
もう4日間、お風呂に入っていない。
今日こそはお風呂に入り、そして掃除をしよう。
そうしなければ、何も始まらない。
言葉では上手く説明できないが、自分とそれを取り巻く世界が“汚れている”“気持ち悪い”と感じる。
そのような状態は、「本番ではない。練習なのだ」と思ってしまう。
少なくとも8ヵ月もの間、本番ではなく練習の状態がずっと続いている。
練習だと思ってしまうから、緊張感が持てず、本気を出すことができない。
時間をぞんざいに扱ってしまう。
おかしな話だ。
人生に練習などないのに。
白か黒か、本番か練習かという思考パターンは良くない。
それはわかっている。
しかし、もうこれ以上時間をぞんざいに扱いたくない。
「お風呂」と「掃除」という儀式を経て、充実した時間を得られるのなら、多少の強迫行為は許そう。
!この記事には性的な表現や記述が含まれます。
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